スイッチ オフ
看護師をしている。
やりがいのある仕事ですね、とよく言われる。
たしかにそう思う。大変だけど、嬉しいことも多い。
でも同じくらい、どうしようもない悲しさを抱えて帰る日もあるし
夜勤もあるし、生活はどうしても不規則になる。
前に、同僚の医師が言っていた。
「人間って、寝てる間に記憶を整理して、体を治して、気持ちまで整えてるんだよ」
ずいぶん都合のいい話だなと思った。
寝ている間に全部やってくれるなら、ちゃんと寝たほうがいいに決まっている。
そして決めた。
この一年は、睡眠に投資するのだ。
まず、話題になっていたリカバリーウェアを手に入れた。
上下で3万円もするパジャマなんて、人生で初めて買った。
でも、高いパジャマというのは、それだけで「ちゃんと寝よう」という気持ちになるから不思議だ。
有名メーカーのマットレスも買った。
しかもクイーンサイズ。一人暮らしなのに、である。
奮発したけれど、これは本当に正解だった。
夜勤明けの日も、いろいろあった日も、大きなベッドの真ん中で大の字になって寝ると、
なんとも言えない贅沢な気持ちになる。
人間、寝ることに関しては、太っ腹な方がいいのだ。だって、こんなにも頑張っているのだから。
睡眠の質を記録するアプリがあるのも知った。
寝る前に、その日どんな一日だったかを尋ねる質問に、選択肢で答えると、その日だけの「眠るための音」を作ってくれる。
雨の日の音みたいな日もあれば、遠くで電車が走っているみたいな音の日もある。
毎日違う、一度きりの音、というところが気に入っている。
それもそうだ。同じ日なんてないのだから。
いい夢が見れるというフレグランスも買ったし、シルクのアイマスクも買った。
眠りの質が上がりそうなことをすること、一日のリセットがすっかり趣味になっていた。
ある日、ふと思った。
眠ること自体にこだわるほどに、
眠るまでの時間の過ごし方については、もっと他の方法があるような気がしていた。
リビングのソファでもなく、ダイニングの椅子でもなく・・・
そう、「眠る前の余白」。
一日のスイッチを切っていくような。、
そして朝、起き抜けの体を少し休ませられるような。
そういう場所が、寝室にあったらいいと思った。
ある昼休み、いろんなキーワードを打ち込んで検索していると、ベッドエンドベンチというものを知った。
ベッドの足元に置く、細長いベンチのことだ。
欧米ではわりと普通にあるらしい。
靴を履いたり、パジャマや服を準備したり、本を置いたりする場所。
ホテルでは、荷物を置いたり、少し腰掛けたりする場所として使われているらしい。
確かに、同僚がハワイで結婚式を挙げた時、その時に泊まったホテルにはこれがあったように思う。
眠るための家具ではなく、
眠る前と、起きた後の時間のための家具。
なるほど、と思った。ハワイのホテルでもベッドエンドベンチに座って、夜明けの海を眺めていたんだった。
探してみると、日本製のものを見つけた。
HULLという名前のベッドエンドベンチは、大げさなデザインではなく、静かな形をしていた。寝室に置かれる家具は、主張しないほうが正解だと思う。
船舶家具にルーツのある長崎の工房で作られていて、リペアにも対応している。一つのものを長く使い続けられることも気に入った。
もともと、ものに愛着を持つほうで、手放すのにパワーを使うタイプなのだ。
届いた日、ベッドの足元に置いた。幅もいい感じ。
HULLというのは、船にちなんだ名前らしい。寝室がクルーズ船の客室になったような気持ちになった。

その日から、習慣がひとつ増えた。
夜、帰ってきたら、HULLにバッグを置く。というかついおいてしまう。
こういうスペースがあると使ってしまうものなのだ。多分それまでは床に置いていた。
寝る前に、明日着る服を置く。場所があると、きちんと準備するようになる。
それから少しだけ座って、本を数ページ読む。
カフェインレスの温かい飲み物を飲む。
それから、ベッドに入る。
朝は、起きたらそこに座る。
カーテンを開けて、少しぼんやりする。
身支度をして仕事に行く。
スイッチをオフにして、目覚めたらまたオンにする場所。
少しの時間、丁寧に過ごす場所。
大きく何かが変わったわけではないけれど、違いは確かにある。
睡眠に投資して2年がたった。
年齢的にいろんなトラブルが出てくるという曲がり角を迎えたけれど
なにごともなく仕事ができている。
大きなあくびをしていた同僚の医師に言った。
「睡眠は、大事だよ。」
まずはアプリとリカバリーパジャマをすすめてみよう。
そのあとでマットレスとベッドエンドベンチをすすめてみよう。