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雨の日のガラステーブル

叔母は、生活感のない人だった。そしておしゃれだった。身内にこんな例えはあまりしないかもしれないが、「マダム」という呼び方が似合う人だった。

いつも少し変わった服を着ていた。派手ではないのに、目がいく。誰かに褒められるためではなく、自分のために服を選んでいる、という感じがした。

それに、長崎で生まれ育っているはずなのに、標準語を使っていた。
叔母が話す長崎弁を聞いた記憶がない。

ある5月の終わり、私が暮らす横浜に行くと連絡をくれた。

私や両親に会いにくるというわけではなく、横浜アリーナで長崎のバスケットボールチームを応援するついで、とのことだった。

優勝決定戦を見に来たらしい。しかも、贔屓のチームが見事に優勝したという速報を待ち合わせ中に知った。

現れた叔母は、グレイのワンピースに、銀色の大ぶりなイヤリングをしていた。足元は、少し変わった形の黒い靴。

「すごかったのよ。推しの選手が、最後に決めたの」

推し、という言葉が叔母の口から出てきたことに驚いた。

「叔母さん、そんなにバスケ好きだったの」

「知らなかった?」

知るはずがない。私は叔母のことを、ほとんど知らなかった。
親戚の集まりで時々会うくらいだったし、話し込むこともなかったから。

叔母は長崎港の近くにある老舗の貿易商社に長く勤めていた。船具や機械部品、ときには海外から届く日用品まで扱う会社だったらしい。若い頃から定年まで勤め上げたと聞いている。それくらいだった。

だから、会いたいと言われた時、ドキッとした。
連絡がないことが、無事の知らせ。
だから、何を聞かされるのか、不吉な内容ばかりが浮かび、緊張していた。

コーヒーを飲みながら、叔母はさらりと言った。

「今ね、終活を始めているの。私、収集癖があるから、今のうちに片づけておかないとと思って」

終活、という言葉の重さに少し身構えた。
けれど叔母は、まるで次の旅行の予定でも話すようにあっけらかんと言った。

家族を持たなかった叔母は、ずっと一人暮らしだった。
子どもの頃の私は、大人は結婚して子どもがいるものと思っていたから、叔母のことを無邪気に、寂しくないのかな?と思ったこともある。

もちろん、目の前の叔母は少しも寂しそうではない。自分の持ち物のことも、これからのことも、誰かに委ねるのではなく、自分で決めようとしている人の顔。それがとてもカッコよかった。

終活の話をどんな態度で聞けばいいのかわからず、私は叔母の手を見た。

細くて華奢だけれど、骨ばった手。
中指には、薄いブルーのルースを留めた指輪があった。台座はゴールドで、今のアクセサリーにはない大胆なかたちをしている。長い時間をまとっていることがわかる。きっとアンティークだ。

「あなた、古いものとか、きれいな石とか、そういうものを見るの、好きでしょう」

叔母は当たり前に知っていたかのように言った。
たしかに、好きだった。

「あなた、私と手の形が似ているわね」

そう言って、自分の手を私の手の横に並べた。
指の長さや骨ばったゴツゴツ感が、似ている。

「そうかな」

「似てる。ちゃんとつながってるのね」

そう言って笑った。

2ヶ月後、大学の夏休みに、長崎へ向かった。

玄関を開けると、古い木の匂いと、ひんやりとした空気が流れてくる。

家の中には、いかにも叔母らしいものが並んでいた。どこの国のものともつかないアンティークのキャビネット。黒い革の小さな椅子。銀色の燭台。厚手の布。古い額装。

ひとつひとつは主張があるのに、親戚のようなまとまりがあった。

窓辺には、低いガラスのテーブルがあった。

ガラスの天板に、深い焦茶色の木の台座。
台座は、プロペラのようにも、花の芯のようにも見えた。

「それ、スクリューという名前なの」

叔母が言った。

モダンなデザインなのに、古民家の空間にぴったり馴染んでいる。
ガラスの透明感と、木の重厚感。

ふと、自分の部屋に置けるかな?と想像し、すぐに諦めた。
どう置いていいかわからなかった。
叔母はやっぱりセンスがいいのだと思う。

夕方、雨が降り出した。
最初は、ぽつ、ぽつ、という音だった。すぐに細かい雨になり、窓に小さな粒がついた。

私はテーブルの横の椅子に座り、ガラスの天板を眺めていた。

窓についた雨粒が、ガラスの天板に映り込んでいた。雨の粒が増えるたびに、天板の模様も少しずつ変わる。

ガラスの上で、雨が降っているようだった。
深い焦茶色の木のスクリューが、水を弾いているようにも見える。

帰り支度をしていると、叔母が言った。

「あのテーブル、いいでしょう。気に入ったんでしょう?」

私は少し驚いた。見ていたことを見られていたらしい。

「うん。すごく。ガラスのテーブルって、私にはまだ早い気もするけど」

「嬉しいわ。でも、私も気に入っているから、今はあげない!」

叔母はそう言って笑った。

「まだまだ先でいいよ」

「そうね、どれくらい先かわからないけど、私があの世に旅立ったら、あなたに贈る約束をするわね」

あまりにもさっぱりした言い方で、私も笑ってしまった。

「それね、3世代で使えるくらい、タフなテーブルなんだって」

叔母はそう言って、薄いブルーの小さなガラスの花瓶をひとつ、新聞紙ではなく白い薄紙で包んだ。

「代わりに、これを持って帰ったらいいわ」

ギヤマンという薄いブルーのガラスの花瓶だった。
そして、あの日、叔母がつけていたルースの指輪もくれた。

横浜に戻って、私はその花瓶を窓辺に置いた。

あのテーブルは、まだ叔母の家にある。
ガラスの天板に雨を映しながら、あの部屋で叔母と暮らしている。

私の部屋にやってくるのは、ずっと先でいい。
この指輪が似合う、「マダム」に少しでも近づいてからでいい。

(終)