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アンコール

ドラマ美術部に配属されて、10年が経つ。

私の仕事は、画面の中に人が暮らす場所を作ることだ。

主人公は、どんな性格なのか。おおらかなのか、ちょっと神経質なのか。
主人公の部屋なら、本を読み終えるたび棚へ戻す人なのか、ベッドの脇に積んでいくタイプなのか。
実家の台所なら、母親は調味料を瓶に詰め替えるか、袋のまま使うか。

ベッドも、ゴミ箱も、冷蔵庫のマグネットも、そこにあるものすべてに、そうあるべき理由を考えて、その人になりきって選んで、そこにあるべきという場所に置いていく。

この10年で、私は何人もの主演俳優を見てきた。
その年代を代表するスターになった人もいれば、いつの間にか画面から姿を消した人もいる。新しい主役が来るたび、私はその人が演じる主人公のために、新しい部屋を作った。



そんな中、何度も現場で会う俳優がいた。
主人公の兄、同僚、幼なじみ。ヒロインの初恋の人。
名前は知らなくても、顔を見れば「あ、この人」と思うような役者だった。

長崎の野球の強豪校でキャッチャーとして部活漬けの青春を送り、引退してから芸能活動を始めたとトーク番組で話していた。ユニークな経歴が印象に残っている。年齢は30を過ぎくらいだろうか。感じがよく、誰に対しても同じように挨拶をする。そんな振る舞いからも、スポーツマンだったのだなぁと感じる。

いろんな現場で会う俳優の一人だったが、もしかすると、毎シーズン、何かのドラマに出ているのではないかと思う。このドラマの初回の撮影でも「今回もいる」と思ったのだった。


私にも、何度も現場へ連れてきている家具がある。
ボラードという、小さなスツールだ。

ボディには太いロープが巻かれているなかなか個性的なデザインなのだが、
これが不思議とどこにでも馴染むのだ。
ワンルームの玄関脇にも、寝室のベッドサイドにも、家族が集まるリビングの隅にも置ける。和室に置いても、前からそこにあったような顔をしている。そんなスツールだった。

「またそれ?好きだねぇ。」
同期の美術スタッフ仲間からからかうように言われた。
「便利だから」と答えると、彼も「わかる」と笑った。
海辺のカフェでは、恋の相談を聞く親友が座り
玄関では、上京した青年が靴ひもを結んだ。
寝室では、読みかけの本と眼鏡が置かれ
リビングでは、いつの間にか鞄の定位置になった。

今回のドラマでは、リビングの片隅に置いた。

休憩中、セットへ戻ると、例の俳優がボラードに座って台本を読んでいた。

ソファも、ダイニングチェアもある。
それでも彼は、小さなボラードを選んで腰を下ろしていた。


「この部屋、落ち着きますね。置いてあるもの、いろいろ真似して買いました。」

私に気づいて、彼は台本から顔を上げた。

「今座っているスツールも、おすすめですよ。」とすすめると、彼は屈むように手を伸ばし、ロープの部分に触れた。

「これ、前の現場にもありませんでした?」
「ありました。ボラードっていうんです。港の、なんていうんですか、足を乗せるあれ・・・ボラードっていうそうですよ。」

「なつかしいな。僕、海のあるまちで育ったので。」
彼が長崎出身だということを知っていたが、黙っていた。

彼は、少し笑いながら、
「この椅子に会うの、2回目ですよ。あ、またいる、って思いました。」

「あなたも、よくお会いしますね。売れっ子って感じ。」

「ありがたいことに。主役ではないですけどね。」

と、微笑んだ。それは本当の笑顔だった。

その日の撮影で、彼は主人公の話を聞く幼なじみを演じた。
主人公役が長い台詞を話す間、彼はボラードに座り、ほとんど何も言わなかった。
ただ、ときどき目を上げ、主人公の言葉を受け止めていた。

芝居が終わると、監督が言った。
「今のすごくよかった。その感じでいこう。」

彼が本当の友だちのようにそこにいたから、主人公の台詞も本物になったのだと思った。


数か月後。
私は次の作品の打ち合わせをしていた。台本と平面図を広げ、監督や撮影部と、芝居の動線や壁の位置を確認していた時、部屋のテレビから聞き覚えのある名前が流れた。

映画賞の授賞式だった。

画面には、あの俳優が立っていた。
助演男優賞の文字がある。派手な言葉はなく、彼は何度も頭を下げていた。誰にでも同じ態度で挨拶をする。いつもと同じ彼だった。

「この隅、少し空きますね」
若いスタッフの声で我にかえり、図面に目を戻した。

「小さいスツールを置こう」
「何を入れますか?」

私は備品リストの端に、ボラード、と書いた。

(終)